2010年の抱負
6 1月
こんばんは、DCです。
すごく日記です。多分書き始めると長いです。すません。
連日とりあえず何かしらブログを書き続けているので
ひとまず抱負の一つを守っているようです。笑
去年はCDのリリースと共にブログの更新も無くなり
過疎化一直線の生RTISTS.comでした。今年はひとまずDCが
年初のご挨拶や記事を書いていこうと思います。
その内他のメンバーも書くかも。かもしれない。たぶん。
標題の今年の抱負についてですが、DCは年度ずつに
抱負を決めることがなく、どちらかと言うと中、長期の計画など
長い目で物事を見ようとします。CDを出したり、ライブを
する事などは突発なモチベーションが期間内続けば何とかなります。
2009年度はDCにとってとても収穫が多い一年になりました。
また、離職⇒無職⇒就職と慌しくもありました。このサイクルを
経たことにより沢山の尊敬する人間に出会うことができ
またそれにより自身の目標がぶれ始めたことから、本年は
安定性、継続性を求める一年にする事にしました。これ抱負。
ここまでが抱負。
次は質問に答えたいと思います。
ものすごくプライベートな話になるので、偏見や主観が多くなります。
DCのプライベートに興味がない方はまた次回遊びに来てください。
― 何故Mixiの自己紹介文が「弱いものに裁きを」の一言なのか?
この質問はMixiを知ってる人から月1度ほど問い合わせが来ます。笑
あ、ちなみにMixiの申請は月に2度ほどまとめて受理していますので
ゆっくり待っていただけると幸いです。
本題に戻り。なぜかというと、これはDCが15,16歳の頃からずっと
持ち続けた信念であり、人生の教訓であるからです。
弱いものは強いものに呑まれ、振り回され、騙され
その意思は環境によって弱体化し一貫性を持たない
これを「柔軟性」や「適応性」と称しメリットや良い性質、と理解する
事は否定しませんが、人間に限らず生物は進化し生き残るものです。
その中で主従関係やヒエラルキーなどの組織構成が派生しやがて人間は
「階級」を持って生まれるようになりました。習性が付き徐々に『当然』
なことになって行きます。人間は生まれたときから一生が大体決まってしまう
世間的にはそのような意識が強いのではないでしょうか。
父はそれに抵抗し、家族を様々な環境へ、本来の人間の
「適応性」を求め半生を過ごしました。DCはその副産物です。
常連さんならご存知だと思いますがDCはこの「適応性」の
おかげで放送できてます。プロトコル2、3つぐらいですかね。
父の努力が無ければ今きっとネットなんざ知らない様な田舎に
住んでいたと思います。
弱い者というのはいくつかカテゴリに分けられると思います。
「情報弱者」「意志が弱い人」「体が弱い人」など
これら全てに当てはまる人間は早々居なく、それぞれが
得意とする分野や苦手な分野があります。
例えばこれらを三大「弱」に例えるなら互い相関し、
(これについては書く予定はありませんが)
3つのうち2つ以上が強くない限り容易に環境、他人に
影響されると考えます。情報と意志、意志と体力
または体力と情報、どの2つ弱さを持ち合わせても人生に致命的。
社会的な成功だけではなく、やがては能力の足りなさを自認してしまう
マイナスな方向へ進んでしまう気がします。というか確信。
余程の阿呆か天才ではない限り一度は自身の見直し期間に入る。
この様に弱い人は他人から影響を与えられるほか自身にもマイナスな
影響を与える確率が高いため、内外共に自身が「裁き」を受ける
被害妄想が一定期間、又は長期間続くケースを度々目にしました。
この繰り返しが最も人生の中で無駄なサイクルだと思う。
故に「弱きものには裁きを」は自分への言い聞かせが90%です。
残りの10%は書いたことによる自己満足。
やっと整理が付いた。なっが。
厄年となる今年は不調が続くと聞きます。
ひとまずは自身の体制を整え、「弱く」ならないように
継続性、一貫性を保ちながら新しいことにチャレンジし
実りのある一年を目指して行く予定です。
たるんでるな、と思ったら喝入れてやってください。

この日記読んでまた考え方が変わりました。
「弱いものに裁きを」
そこまで深く考えた事のない言葉でした。
最近たるんでる自分にはいい感じに喝入りました!
ありがとうございました!!
今年のCD発売も期待してます!!